あらすじ
中華風の大帝国「陽華国(ようかこく)」の帝都・華京(かけい)。
花街の片隅で針仕事を生業としていた少女紬鈴(チュウリン)は、ある日、人攫いにあい、宮廷御用達の大仕立て工房「錦繡房(きんしゅうぼう)」に売り飛ばされた。
錦繡房は、皇帝から高官、後宮の妃嬪まで、帝国上層の衣装すべてを手がける巨大工房である。百人を超える縫い子が暮らし、外界との接触は厳しく制限される——いわば「針と糸の後宮」。
紬鈴には秘密がある。繊維の一本から、産地・年代・持ち主の素性・健康状態までを読み取る異能——「織り眼(おりめ)」を持っているのだ。花街では「便利な特技」程度に使っていたが、宮廷では命取りになりかねない。面倒ごとは御免だ。地味に年季を務め上げ、花街に帰る。それだけが目標だった。
ところが——。
宮廷で、皇帝の寵妃が纏った新調の衣から毒が検出される事件が起きる。染料に仕込まれた遅効性の接触毒。犯人は錦繡房の内部にいる。
紬鈴は気づいてしまう。衣の縫い目に残された微かな癖。染料の配合の不自然さ。繊維に染み込んだ、あるはずのない植物の匂い。
——まずい、と思った。
しかし遅かった。錦繡房を管轄する美貌の宮廷官吏・藍暁(ランシャオ)が、紬鈴の「目」に気づいてしまったのだ。
「面白い眼をしているな、お前」
こうして紬鈴は、衣に纏わる宮廷の闇を、否応なく解き明かしていくことになる。
偽の絹に隠された陰謀。織りパターンが語る出自の秘密。染料が暴く殺意の痕跡。そして、錦繡房に渦巻く百人の縫い子たちの——嫉妬、野心、哀しみ、祈り。
衣は嘘をつかない。嘘をつくのは、いつだって人間だ。