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上宮皇子が薨った。 その報せとともに、鹿嶋の少年は祖父に命じられ、河内へ向かう。名もまた変えられた。鎌子から鎌足へ。 何のために召されたのか。なぜ今、名を改めねばならぬのか。幼い鎌足にはまだ分からない。ただ、中臣の家に生まれた者として、王権の奥へ足を踏み入れる時が来たことだけは知る。 これは、のちに国のかたちを変えることになる中臣鎌足の物語である。 だがそこにあるのは、英雄譚だけではない。死者の記憶、家の論理、祭祀と政、そして人が人を選び、名を与え、運命を負わせる時代の重さである。 飛鳥の闇がまだ深いころ、一人の少年は新しい名とともに歩き始める。 ※この作品は、作者本人によりカクヨムと重複掲載しております
鎌足は、なぜ王のそばに立つ者となったのか。 その答えは、飛鳥ではなく、河内枚岡にある。 難波と大和盆地を結ぶ山の西の口。 後にアメノコヤネへ連なると伝えられる中臣氏の始祖が根を置いたこの地で、中臣は神を祀るだけでなく、人と物と道を量る家となった。 若き鎌足は父・御食子に導かれ、荷改めと卜占の場に立つ。 そこで教えられる。 祭祀と占いと政治と行政は、もとは一つであったことを。 神寿詞とは、大王家を寿ぎ、中臣がその下に立つことを誓うことばであったことを。 これは、後の鎌足と不比等を生む家の、最も古い記憶をたどる別伝である。 ※この作品は作者本人により「カクヨム」と重複掲載してされています