あらすじ
すごく長い独り言みたいな創作エッセイ
こんなことやってるよっていうちょっと変わった小説の書き方です
真逆歩いてたっていうちょっとした発見の話
私はプロットも設定も全然書かないんです。でも、現在長編11作目。物語が破綻することもなく、4年間、何作も連続で書き続けてきました。そして気付いてしまったんです。
私が書いているのは“小説じゃない”って。
私が物語を書く時は、ストーリーが全て降ってくるところから。はじまりとラストシーン、あと、山場のシーン。
そうするとキャラクターに生命が与えられます。ただ、どんな人でどんな思考、口調、人生か。
で、顕現した二人に物語の上を歩いて行ってもらいます。
私はそのエピソードを二人を主人公にして書いていく係。
特に私は物語において口を挟みません。
そこで主人公が見たもの感じたものをそのまま書いていきます。
でもね、一般的な小説の書き方は、見たもの感じたものをそのまま書いてはいけないらしいんです!
小説で見せるのは映像。感覚主体じゃない!
いろいろ設定だってあるけどさ、小説に書くのだってこんなもの全部は書かないし。
だから私は設定なんてないよって言うんです。そんなの物語とは関係ないし。紙に起こしてるわけでもないし。
でも、小説っていうのは書くんだって!主人公が認識してなくても?世界を?状況を?
感情もそのまま書くらしい。説明するものなんですって。
私は、そんなの無粋じゃん!って思う。
でも、小説って読む側の感情を立ち上がらせるものじゃないんですって!
小説として違和感はあったけど、それが何か気付いてなかった。
だって私は、小説の書き方があるなんて考えたことなかったし、それが是である世界に居たから。
それが作詞。
作詞っていうのは、音に文字を合わせること。
言葉を連ねることじゃないんだよね。
つまりポエムとリリックはまったく別のものだってこと。
母音や子音にそれぞれ役割があり、並べ方で表情は変わり、表現が変わる。
そういう母音と子音との戦いなのです。
小説は、キャラクターがどう動きどう感じたかを書くよね。
でも歌詞では基本的に、主人公は“自分”だから。
自分と重なって、気持ちを呼び起こして泣くこともある。
本当に真逆だったの!