あらすじ
日本国の「武家政治700年の基盤」を創った「鎌倉幕府」の初代将軍と成る「源頼朝公」には、「3人の乳母」が、居りました。その御名を「比企の尼」「山内の尼」そして「寒河の尼(さむかわのあま)」と、言いました。
「宇都宮(八田)氏」は、平安時代の末頃から、豊臣秀吉の時代まで「下野(しもつけ)の国」を、統治した「守護大名」でした。宇都宮氏の娘が「源頼朝公」の「乳母(寒河の尼)」だったので「頼朝公の旗揚げ時」に、参じて配下に、成りました。そして「鎌倉幕府の有力御家人」に、成りました。
「寒河の尼」を、輩出した「宇都宮氏」は、室町時代に於いては「将軍・足利尊氏公」に、付き従い「宇都宮氏の10代当主・氏綱公」は、尊氏公より「氏」の一字を、賜りました。そして「足利氏の内紛」で有る「観応の擾乱(かんのうのじょうらん)」時には、活躍して「将軍・足利尊氏公の勝利」に、貢献しました。
「下野(しもつけ)岡本氏」は「坂東武者の代名詞」と成った「紀清両党」の内、清党で有る「清原姓・芳賀氏の庶流」でした。「宇都宮氏の3代当主・朝綱公」に従い、その属下として「抜群の武功(奥州合戦1189年)」を、顕わしたことにより、頼朝公から直々に「源氏の白旗一流ずつ」を、贈られました。このことが、後世まで「芳賀・益子氏」の栄誉とされ、世にその武勲を、知らしめる端緒と、成りました。
「宇都宮氏」の分家の1つ「大久保氏」は、三河以来の最古参の配下として「将軍・徳川家康公」が、出現する以前より「松平氏」に仕えて、天下分け目の「関ヶ原の合戦」時に於いては「敵将・真田幸村」の家康公本陣への進撃を、唯一撃退することが、出来た家臣「大久保彦左衛門・忠教(ただたか)公」と、成りました。この一族の系譜は、代々「日本国の将軍」を「守り、育てる天命」を、持つものでした。
「大坂夏の陣」に於いて「敵将・真田幸村」が、まるで無人の野を、行くが如きに「家康公本陣」まで、突入しました。このとき、屈強を誇る「家康公の旗本衆」が、総崩れに成りました。真田氏は「戦国時代最強」と、恐れられた「甲斐・武田氏の家臣の一党」でした。「武田を制する者は、これまた武田のみ」このとき、その者を「唯一止めた者」が、居りました。その者は、信玄公の弟君で有る「逍遙軒」こと「武田信廉公の娘」を娶った、新しき「武田の一門」と、成った者でした。(全20話)