あらすじ
「若者よ、死とは何だと思う?」
問うたのは、アテナイの中年重装歩兵。ハゲで、醜く、貧しい男。
紀元前432年、ポテイダイア攻囲戦。美貌と家柄を鼻にかける若き貴族アルキビアデスは、傭兵の輪に囲まれ、膝をついた。駆けつけたのは、陣営で奇人扱いされていた中年兵――ソクラテスだった。
槍を構えたその男は、敵に向かって問いを投げる。「殺すとは何だ」「息を止めるだけで足りるのか」。傭兵たちが戸惑った一瞬の隙を、穂先が正確に貫いた。
問いは武器である。考えさせすぎることは、戦場において死とほとんど同じであるから。
史実のソクラテスは、ペロポネソス戦争で三度従軍した無敗の重装歩兵だった。哲学者として世に知られる前のこの男が、戦場で何を見て、何を問うたのか。
アテナイを揺るがすことになる若き弟子との、最初の一日を描く読み切り短編。