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天正年間、群雄割拠の時代。四国統一を目前にした土佐の長宗我部元親の元に安土から織田家の四国申次・明智光秀が訪れる。すでに信長から四国切り取り手柄次第の朱印状を受け取っていた元親は、昵懇であった光秀の来訪を喜び、歓待するが、光秀から伝えられた信長の言葉は、俄には信じがたいものであった……
来島騒動の後に当主の河野晴通は原因不明の病に伏せっていた。だがその生死のさなかで一つの夢を見る。それは2000年代の知識と経験だった。 晴通はこの知識と経験を活かして河野家の存続を目指す。 当時、死んでいた人が現代知識を手に入れて生存したらとと言う流れになります。 各武将の呼び方は〇〇守などとは呼ばないで河野晴通と言った呼び方になります。 ただ資料上、名前が分からない場合を除きます。 メインは河野晴通でサブに大野友直と垣生盛国です。 盛国は死んでませんが作者都合が良かったので採用しました。スタートは1543年4月からスタートです。 晴通と道宣は兄弟で予州家(分家)の子供とします。 ※筆者は戦国時代素人で地元愛媛がちょっと好きな程度です 旧題「異聞伊予章記〜3人寄れば文殊の知恵〜」