あらすじ
2006年1月17日。
若者の夢が大人の論理に敗れたあの日。
堀江貴文が逮捕された朝、一人の男が買いのリストを作っていた。
市場は狂乱していた。インターネット関連株が片端から叩き売られ、証券マンたちは我先にと売り注文を出していた。しかしクレストキャピタルの倉田誠一は、誰も見向きもしない三社の名前をリストに書き続けた。
動画配信スタートアップ「ストリームス」。SNSサービス「ネクサス」。ネット証券「フロンティア証券」。
なぜこの男だけが、暴落の底で買いに動いたのか。
答えは前夜にあった。
倉田はその夜、心筋梗塞で倒れた。意識を失った先で見たのは、二十年後の渋谷だった。スクランブル交差点を囲むビルの広告が、一枚残らず英語だった。Google。Amazon。YouTube。日本語のサービスのロゴが、どこにも存在しなかった。
誰かに潰された東京ではなかった。ただ、正しい判断をした人間が一人もいなかった結果の東京だった。
病院のベッドで目を覚ました倉田は、点滴を引き抜き、コートを着て病院を出た。
——俺が動かなければ、あの渋谷になる。
三社を統合し、日本のインターネットを作り直す。ただしその夜、同じ渋谷を見た男が、もう一人いた。
東北の叩き上げ実業家・藤堂克己。六本木ヒルズの前で夜空を見上げていた男は、倉田に一言だけ言った。「見たか」と。
二人の男が動き始めた。
天才エンジニアは最初、倉田を拒絶した。若い創業者たちは諦めかけていた。市場は全員が間違いだと笑った。
それでも倉田は言い続けた。「本物は必ず火がつく。順番はそっちだ」と。
これは、あの時代に一人の男がいたなら何が起きたかを描いたIFストーリーである。そしてなぜ日本からGoogleが生まれなかったかへの、一つの答えである。