あらすじ
後漢という巨大な帝国が、その統治機構の機能不全を完全に露呈し、剥き出しの暴力が支配する動乱の時代へと移行する際、その歴史の分水嶺において最も過激な役割を演じた人物こそが、汝南袁氏(じょなんえんし)の俊英、袁紹(えんしょう)であった。
後世に編纂された歴史書や物語において、袁紹ほど「敗者の代名詞」として徹底的に貶められてきた人物は稀である。後に三国時代の勝者となる曹操(そうそう)の引き立て役として、正史は彼を「名門の家格に胡座をかき、決断力に欠け、見栄ばかりを重んじて自滅した愚鈍なる貴公子」として描き出してきた。しかし、二百年続いた帝国の法秩序を物理的に粉砕し、その後、中国大陸の北半分(河北)に最大最強の軍事政権を打ち立てた男が、果たして単なる凡庸な暗愚に過ぎなかったのであろうか。
我々はまず、袁紹を「個人の性格的欠陥によって滅びた敗者」とする既存の視座を完全に捨て去らねばならない。彼を貫く真の評価軸は、彼が新たな時代を築くための「国家構想(くにづくりの理念)」を一切持ち合わせぬまま、ただ己の内に秘めた昏(くら)い情念に従って、旧来の統治体系を徹底的に解体した「秩序の破壊者」であったという点にこそ存在する。