あらすじ
父と母と3人で古いアパートに暮らす二十二歳の黒川瞬は、ほとんど家から出られずにいる。朝、父が味噌汁の温度に怒鳴る気配を布団の中でうかがい、母の視線や言葉の端々からも「役に立てていない自分」を意識してしまう。アルバイト用の求人アプリを開いても、「どうせ続かない」「どうせ怒られる」という内なる声に押しつぶされ、玄関のドアノブに手をかけても、一歩が踏み出せない。
そんな中、幼いころ、父が投げた灰皿やリモコンが空中で不自然に曲がった記憶がよみがえる。夜の口論でも、瞬の部屋に飛んできたリモコンが急に軌道を変え、同時に瞬はこめかみに激しい痛みを感じる。「ストレスのせい」と自分に言い聞かせながらも、どこかで「何かがおかしい」と気づき始める瞬。しかし彼は、薄い壁越しに響く怒鳴り声とニュースの戦争や災害を眺めることしかできないまま、「どうせ変わらない」という自己否定に絡め取られ、玄関の前まで行っては引き返す日々を続けている。