あらすじ
忘却の街と「相殺」の誘い
千年の歴史を持つ京都には、負の記憶を正の記憶で打ち消す裏稼業**「思い出相殺サービス」**が存在した。主人公・ヤスオは、浮気を疑われ、正義感の強い恋人・イシコとの関係修復に絶望していた。彼は「思い出を相殺できるなら」という切実な願いを抱き、古びた西陣織の織機と最新の脳波測定器が同居する不気味な事務所の門を叩く。
フランソア喫茶室の審判
舞台は昭和の面影を残す名店、フランソア喫茶室。ヤスオは別れを切り出すイシコに対し、「過去の思い出を総合的に見て相殺しよう」と提案する。しかし、そこに現れたのは古風な制服に身を包んだ**二人の給仕(調整役と補助係)**だった。彼らは「相殺用」と称して頼んでもいない飲み物を運び、イシコの頭に記憶を映像化する奇妙なヘルメットを被せる。
暴かれる自己愛と「一途」の証明
ヘルメットを通じて喫茶室の壁に投影されたのは、ヤスオが「完璧な愛」と信じていた記憶の裏側だった。誕生日を祝う瞳に映っていたのは彼女ではなく「完璧なエスコートをする自分」であり、献身的な看病もまた「義務を果たした自己満足」に過ぎなかった。イシコは、ヤスオが自分を見ておらず、自分を愛する自分に陶酔しているだけだと冷徹に断罪する。
ヤスオは必死に「浮気は事実無根であり、一分一秒たりとも裏切っていない」と真実を叫ぶ。その言葉の誠実さにスタッフさえも気圧されるが、イシコは不気味な微笑みを浮かべて告げる。「あなたが裏切っていないことは知っている。でも、生きていればいつか必ず裏切る可能性がある」
永遠の純愛、あるいは狂気
静寂の中、隣席で読書をしていた「トイレの場所さえ迷っていた冴えない男」が突如立ち上がり、迷いのない動きでヤスオの首筋に針を刺す。薄れゆく意識の中、ヤスオはイシコの優しい声を聞く。「一番愛し合っている『今』死んでくれれば、あなたは私の記憶の中で永遠に一途なままでいられる」
ヤスオの命が尽きると同時に、彼はイシコにとっての「完璧に一途な思い出」として固定された。赤いバラが散る静かな喫茶室を後にするイシコ。高瀬川のせせらぎだけが、誰にも知られることのない狂気と一途の記憶を飲み込んでいった。