あらすじ
海と山に囲まれた田舎町。電車は一時間に一本。観光客の少ない絶景だけが、静かに残る。
公立高校二年の深町恒一は、空気を読むのが得意で、本音を隠すのがうまい。けれど「このまま何者にもなれず終わりそうで怖い」という焦りだけが、胸の奥で消えない。
冬休み前、古い商店街の小さなイベント「冬灯り」の準備が始まり、委員長の椎名一の正しさや、親友・志賀波の“波風を立てない”優しさが、恒一の曖昧さを追い詰めていく。
そんな中、転校生の篠宮澪が現れる。淡い雰囲気のまま、鋭く言う――「言わないなら、無かったことになるよ」。
逃げるように森へ入った恒一は、古びた鳥居を見つける。くぐった先は時間の流れが違う世界。内側のわずかな時間が、外側では何時間にもなる。
息を整えるための数秒は、やがて取り返しのつかない空白になり、学校も人間関係も先へ進んでいく。
鳥居は消えない。逃げ道も消えない。だからこそ、恒一は選ばなければならない――本音を言うのか、無かったことにするのか。
海の見える境内で、冬の始まりの物語が静かに動き出す。