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かつてこの国は2つの国に分かれていた。 ソビエト連邦と中国を主軸とする『同盟』 アメリカを主軸とする『連合』 この2つの勢力は第二次世界大戦後、冷戦下で生まれた謂わば副産物だ。 そこに九州を発端とし、ゲリラ戦を繰り広げた集団が中部地方にまで勢力を拡大、同盟側はこの勢力を名目上の支持、支援をした。 一方、連合側も同盟側やゲリラ集団の日本での勢力拡大を抑えるため中部地方に軍を置いた。 そして同盟と連合が会談を行い、ゲリラ集団への戦闘中止命令が決定。だが、事は簡単には収まらなかった。 ゲリラ集団が中部地方に主戦力を集中したのである。 再び同盟と連合の緊急首脳会議が行われ、日本の愛知県、岐阜県、富山県のそれぞれ東側の県境を境目に軍事国境が定められ、日本が2つの国分かれ、東西が分断された。東部日本は『日本国』、西部日本は『極東アジア民主共和国』、となったのである。
1945年8月、第二次世界大戦に敗北した日本は、アメリカ合衆国とソビエト連邦を中心とする連合国軍の占領下に置かれた。 しかし戦後処理をめぐり米ソの対立は激化し、日本の運命は大きく引き裂かれることとなる。ソ連は占領地域である北海道・東北・関東・中部の地域を基盤に、社会主義国家「日本民主共和国」の樹立を一方的に宣言した。 これに強く反発したアメリカは、近畿・中部・四国・九州の地域を「日本国」として独立させ、西側陣営の国家として再建を進める。 こうして日本列島は東西に分断され、二つの国家が並び立つこととなった。 冷戦の最前線となった日本列島。思想、体制、そして国家の正統性をめぐる対立は、やがて外交、軍事、そして国民の生活にまで深く影を落としていく。 分断された祖国の未来は、いったいどこへ向かうのか。 これは、東西に分たれた日本が再び一つになるまでの物語である。