あらすじ
雨の降らない王国で、少女サヤは“奇跡”を売って生きている。
人々には天から雨を呼ぶ力に見えるそれは、実際には奇跡ではない。サヤにだけ、空のどこかに眠る旧文明の気候制御塔の“声”が聞こえるのだ。王都へ集められるはずの湿り気の零れを拾い、局地的な雨として売る――それが、家族を飢えと渇きで失った彼女の、生き延びるための商売だった。
だがある日、王都の監査補イリヤスに目をつけられたことをきっかけに、サヤは王国の“管理”の正体と向き合うことになる。王都の儀礼のため、城壁外の南外縁三区への水供給が意図的に止められると知ったサヤは、制度を信じる若い役人イリヤスを現場へ連れて行く。そこで彼が見たのは、配給も救済も届かず、静かに干上がっていく人々の現実だった。
さらに地下の廃水路で、サヤは自分の家族を奪った夜の真実を知る。母と弟が死に、父が帰らなかったのは天災ではない。旧文明の制御システムが、王都の儀礼と上位区域を優先し、“民生供給打切”というたった一行で外縁を切り捨てた結果だったのだ。
王都儀礼の夜、サヤとイリヤスは中央制御塔へ向かう。水務総監ナディームは「中央の安定こそ全体の命だ」と言い放つが、サヤはその論理の先に、自分の家族の死を見ている。王都だけを潤すために集められた雨を前に、彼女はただ王の庭の配分を切るのではなく、残されたすべての分岐を開くことを選ぶ。王都のために独占されていた湿り気は、市場へ、外縁へ、農地へ、城壁の外へと一斉に解き放たれ、誰の手にも同じように雨が落ちる。
その結果、サヤの耳からは気候塔の声が消える。王国そのものがすぐに変わるわけではなく、世界の理不尽も終わらない。それでもサヤは、誰かに切り捨てられる順番を待つだけの夜より、自分の手で空に傷をつけた夜のほうが、少しだけましだと思う。
空は王のものでも、誰かのものでもない。
これは、“雨を売っていた少女”が、奪われた空を誰のものでもない場所へ取り戻すまでの物語である。