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慶長五年、秀吉急逝で混乱するさなか、会津の上杉景勝に対して謀反の疑いありと上洛と申し開きを命じた五大老筆頭徳川家康の元に、景勝の腹心・直江兼続から上洛を拒否するばかりか家康の専横を痛烈に非難する文言の書状=直江状が届けられる。激怒した家康は諸侯を呼集して会津討伐を決行。その前夜、徳川股肱の臣である鳥居元忠の伏見城を訪れ、ある重要な下知を伝える……