あらすじ
喉だけが何かを覚えていて、胃の中には何もない。
死体は、飲まされた痕跡だけを残していた。
その空白は死因隠しではなく、読む者に“答えを補わせるため”に置かれている。
監察医・九条雅紀は、死体の中に書かれた“文章”を読む。
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再開発前の旧都立中央病院の閉鎖病棟で、雑務請負人・杉浦征司の死体が発見される。遺体はベッド脇に半ば凭れるように置かれ、腕を開かれ、顎を上げた異様な姿勢をとっていた。発見時の構図には明らかに“見せ方”があり、監察医・九条雅紀は早い段階で強い違和感を抱く。
解剖の結果、杉浦の喉には何かを無理に飲ませた、あるいは飲ませようとした痕跡が残されていた。しかし胃の中には、決定的な異物が存在しない。喉だけが何かを覚えていて、その先が空白になっている。
九条は、この死体が単なる死因隠しではなく、見る者に空白を押しつけるために作られた“読む死体”だと考える。しかも犯人は、病室の位置、ベッドの配置、死体の開き方まで利用し、視線が通る順番まで設計していた。
死体とは本来、死因や経過を残すものだ。だがこの死体は、先に解釈を誘導し、観察者自身に誤読をさせるために置かれている。
捜査が進むにつれ、九条の周囲には“第二の被害者”をめぐる気配が濃くなる。死体を使って文章を書くような犯人は、いったい誰に読ませたかったのか。
これは、死体の中に仕掛けられた空白をめぐる、静かな異常のミステリーである。