あらすじ
葬儀前夜、妻を亡くした男は涙も出ないまま、遺影の笑顔を「残酷だ」と感じて独り崩れていた。耐えきれず「……おいで」と呟いた瞬間、部屋に妻の髪の匂いが満ち、彼女が生前のまま現れる。妻は「別れは永遠じゃない。あなたが“あちら”に来たら会える」と告げ、男の問いに「あなたが望む私の姿で、望む場所に現れる」と優しく約束する。笑えない日があってもいい、しかし“笑わないまま生きる”と決めないで――その言葉だけを残し、妻は静けさに溶けて消えた。
初七日を過ぎ、男は妻の遺した手紙を何度も読み返す。「泣いてもいい。でも泣き終えたら窓を開けて」「ごはんを食べて、眠って」――彼女の言葉に背を押され、男は不器用に日常へ戻っていく。季節が巡るたび痛みは形を変え、ふとした瞬間に胸を締めつけるが、彼はそのたび息を吸い、「逢える日まで」と心で唱え、少しずつ笑えるようになる。やがて老いた男が最期の夕方を迎えると、あの夜と同じ香りが戻り、妻が再び現れる。「遅かったね」「……生きてた」――約束を果たした男は、彼女の手を取り、茜色の空の向こうへ静かに旅立っていく。