あらすじ
鉄道もない。舗装された道路もない。忘れられた山深い村落に向かったのは、そこが河童巻きダンシングの発祥の地とされていたからであった。しかし、すでに発祥の地とされる村落には河童巻きを手に踊る風習は一切残っていなかった。
ただ一つ見つけたのは、河童巻きダンシングが催された場所だった。分厚い研究書の附録に記載されていた写真と同じだ。
河原に、不自然に小高い丘があった。そこは、かつて階段状に土が詰まれ、観客たちが彼女を見下ろしていた場所なのだという。
ところが、その場所の近くに住む人々は、そこが人工的に土を盛られた場所だということさえ知らなかった。
こんなはずではなかった。調査は収穫なしに終わってしまった。
そもそも河童巻きダンシングは学界では広く知られており、現在まで残る多くの著名なダンシングに派生したとされている。
なかでも注目すべきは、河童巻き研究者でダンサーでもあるカッパマキマキの研究である。カッパマキマキは、河童巻きの正しいレシピを追い求めながらも、河童巻きダンスにおける最初の型を考察した。その過程で生まれた分類法は現在の研究者たちの標準になっている。
カッパマキマキは河童巻きダンシングの発生にかかわる推論を豊富に展開し、そのパターンから河童巻きダンスムーブメントの発生について、当時の政治権力に対する抵抗のためであるとの推論を展開している。
しかしながら、カッパマキマキの研究は発掘資料や伝説を精確に分類する研究法を選択している以上、どうあっても推論の域を出ず、確固たる歴史的事実とは言えない。
河童巻きダンシングは依然として解明すべき点が多い文化遺産である。初期の河童巻きのレシピや、果たして手にしていたのが本当に河童巻きだったか等も不明である。
持っていた河童巻きを食べたのか、食べていないのか。食べたとしたら、輪切りにしたのか、そのままかぶりついたのか、どのタイミングで口に運んだのか。
そして、実際の踊りの振り付けも解明されていないため、その調査も今回の渡航の重要な目的の一つである。
調査計画書を提出したところ、今回は時空渡航装置を用いた特別調査を行うことが承認された。
河童巻きダンシングの発生と展開について解明することは人類史の究明を大いに助けることに繋がるであろう。
私は時空渡航装置に乗り込んだ。