あらすじ
三十二歳の元編集者、杉本慎也は、仕事も人間関係も失い、虚ろな日々を送っていた。かつて彼は、作家・三枝拓海の二作目の原稿を「売れない」と切り捨てた。その後、三枝は自死した。慎也は「誰かの人生を折った」という罪悪感を抱えたまま出版社を辞める。
ある日、三枝の妹・澄花から手紙を受け取る。兄の最後の原稿を探してほしいという依頼だった。手紙には、しまなみ海道の地図が同封されていた。慎也は自転車でしまなみ海道を渡る。尾道を出発し、向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島、そして今治へ。島ごとに人と出会い、言葉を受け取り、内側が少しずつ変わっていく。伯方島では三枝の書きかけのノートを発見し、大島の嵐の夜についに澄花と対面する。「兄はあなたの言葉で壊れていった」という言葉を受けるも、今治で「書くことは灯りを灯すことだ」という言葉に辿り着き、慎也は自らが書く人間となって歩き出す道を選ぶ。
慎也は「灯台の島」を発表し、一定の評価を得るも「綺麗すぎる」「本当の話ではない」という批判も生まれ、自身も違和感を抱き始める。ある夜、講演会の帰りに見知らぬ女性から「あなたは、あの人の海を知らない」と言われ、七つの島の名前が書かれた封筒を手渡される。その島は、橋では繋がっていない、船でしか渡れない島々の名だった。慎也は再び海へ出る。
小豆島では自分の本に救われたという読者の言葉に初めて肯定され、男木島では「語られるくらいなら忘れられたほうがいい」という男の孤独に、語ることの暴力性を突きつけられる。女木島の語り部は「矛盾したまま語ることが誠実だ」と示し、祝島では外部の力に抗い続ける島民から「書かれた瞬間、書かれていないここは消える。消えることを知った上で書け」と言われる。そして最後の島、周防大島で、三枝を知る女性・浜田と出会い、三枝が自分に宛てて書いた未送の手紙を受け取る。「書くことをやめないでいてくれ」という三枝からの言葉だった。
東京に戻った慎也は、新しい物語を書き始める。一つの声で断定しない物語。複数の声が共存する物語。この旅で出会った島のすべての人々の言葉が、慎也の書くものを変えていた。語ることは、誰かの沈黙を奪う。それでも、人は語らずにいられない。語らずにいられないなら、語り方を問い続けるしかない。問い続けることが、語る覚悟だ――。慎也はそう書きながら、次のページに向かった。