あらすじ
都内の下町、五月の夜。映像編集者の快は、川沿いの散歩道で「ありがとう」と印字された小さな紙箱を拾い、息を切らして追いかけてきたカフェ勤務のまおに返す。箱の側面には「エンディングロールに載せたい人へ」。人に感謝を伝えるのが照れくさいまおは、商店街の店先に置かれた“感謝箱”が好きで、持ち歩ける箱で「ありがとう」と“載せたい名前”を集めたいのだと言う。快はクレジットの癖で何でも「提供:◯◯」と口にしてしまい、まおは「変な人」と笑いながらも、夜道で怖くなる弱さをぽろりと落とす。
六月最終土曜の屋外上映会に向け、二人は店主や通りすがりに「撮っていいですか」と頭を下げ、三十秒から一分の短い映像を撮り、快が編集し、まおが箱へ“ありがとう”のメモを集める。まおは“焦る恋”を「焦恋」と呼び、止まったら置いていかれそうだと本音を漏らすが、快は「急がなくても、続くほうが強い」と歩幅を合わせる。苦いビターラテで大人ぶってむせたり、台本のない聞き取りで舜爾に張り合われたり、カフェの真潤に「迷うなよ」と釘を刺されたりしながら、商店街の夜は少しずつ賑わっていく。けれど、数字の上下に心が振れるまおは「置いていかれるのが怖い」と焦り、快もまた、自分の名前だけは端に寄せて逃げ道を残していた。さらに快には地方支店への転勤の打診が届き、二人の歩幅がずれる。
上映会の夜、拍手の中で流れたクレジットに「編集:快」が現れ、まおの胸の空欄が埋まる。川沿いで箱を開くと、中には“言えなかったら、歩きながら言う”と自分の字で書いた一枚。まおが本音を差し出し、快は断ると決めて「まおの隣にいたい」と告げる瞬間、自転車のベルが最悪のタイミングで鳴り、二人は笑って泣く。翌日、箱はカフェの棚へ置かれ、誰でも書ける紙とペンが添えられる。散歩は、追いかけずに、ふたりの歩幅で続いていく。