あらすじ
「数字だけが、俺の友達だった」
会計事務所で働くアラサーこと橋本誠一(はしもと・せいいち)は、過労で倒れた翌朝、見知らぬ森で目を覚ます。目に飛び込んできたのは、カラフルな羽根を生やした鳥と、木々の間から差し込む金色の光――どうやらここは、異世界らしい。
彼を拾ったのは、辺境の領主代行・リオンハルト・フォン・グリューンヴァルト。温厚そうな笑顔の裏に、どこか影を宿した美丈夫だ。
「わが領地は、三年連続で赤字だ」
リオンハルトの最初の言葉がそれだった。
領地経営の帳簿を託された誠一は、驚愕する。帳簿はめちゃくちゃ。数字が合わない。どこの誰がつけたのか、収入と支出がめちゃくちゃに混ざり、借金すら正確に把握されていない。
「数字は嘘をつかない。つける人間が、嘘をつくだけだ」
かつての上司の言葉を胸に、誠一は膨大な帳簿と向き合い始める。
最初はただの仕事だった。
領地の現状を把握するため、予算を組むため、未来を描くため――淡々と数字を整理する日々。しかし、数字を追ううちに、誠一は気づく。この領地の本当の貧しさは、金銭だけではないと。人々の暮らし、笑顔、希望。それらが少しずつ欠落していることに。
「橋本は、わしのことをどう思う?」
夜遅くまで帳簿と格闘する誠一に、リオンハルトが問いかける。その瞳は、領主代行としての責任と、一人の男としての孤独を映していた。
誠一は答える代わりに、一枚の紙を差し出した。
「来期の収支予測です。この計画通りにいけば、領地は三年後には黒字になります」
リオンハルトの目が、驚きに見開かれる。
「数字は、裏切らないので」
誠一のその言葉に、リオンハルトの表情が初めて、本当の意味でほころんだ。
仕事を通じて、少しずつ近づく距離。数字という共通言語で紡がれる、静かな信頼。やがて誠一は気づく――自分がこの世界に呼ばれたのは、ただ帳簿を整えるためだけではないと。
これは、数字だけを友達にしてきた男が、異世界で本当の「つながり」を帳簿に記す物語。
緻密な計算と、想定外の感情が織りなす、大人のための異世界やおい。