あらすじ
「あなたはこの比率でいる時が、一番美しいわ」
母親が定めたミリ単位の『完璧な比率』と『見えないマス目』。
それが、箱入り娘として育てられた私のすべてだった。
交友関係も、着る服も、息の仕方さえも親の管理下に置かれた「濁り一つない無菌の水槽」。私は自分の意志を持たない、ただ美しく作られただけの無色透明な金魚だった。
しかし、大学入学という未知の海へ放り出された数日後。
新入生勧誘の暴力的なまでの人波にマス目を壊され、パニックで息を止めていた私を救い出したのは、微かな煙草の匂いを纏う「彼」だった。
「……息、止まってたよ」
親の与える滑らかで冷たい世界とは正反対の、熱を持った声と、見知らぬ匂い。
それが、私の無菌の水槽に、最初の一滴の「濁り」が落ちた瞬間だった。
彼は「君は自由だ」と甘い言葉を囁きながら、少しずつ私を彼色に染め上げていく。
親の支配から逃れ、初めて『自分の意志』を手に入れたと錯覚した私は、彼が注ぎ込む過剰で歪んだ愛を、生きる糧として飲み込んでいく。
けれど、それは決して自由などではなかった。
私はただ、飼い主と水槽を変えただけ。
彼が私を自分好みに「色揚げ」するための、ひどく甘くて、息苦しい泥のように濁った水。その猛毒を、私は「愛」だと信じて啜り続ける。
これは、透明だった金魚が完全に彼色に染まり、自ら濁った水に沈んでいくまでの大学4年間――1460日を1日たりとも欠かさずに克明に記録した、静かな狂気と依存の観察日記。
【本日の水質記録:濁度100%】
――もう、この濁った水の中でしか、私は息ができない。