あらすじ
「あら、まだいらっしゃったのね」
28歳で婚約を解消されたマリエル・ロザムント侯爵令嬢は、若い令嬢に席を奪われ、社交界の片隅で噂の標的となっていた。
9年連れ添った婚約者の心が変わったのだ、と父は言った。マリエルは涙をこぼさず、ただ淡々と書類に署名した。
3か月後、屋敷に戻った夜——9年お仕えしてきた家令アルベルトが、革表紙の手帳をそっと差し出した。
「明朝、家令の任を辞させていただきます。これは、次の家令への引継書でございます」
開いたページには、こう書かれていた。
『お嬢様は、紅茶に角砂糖を1粒お入れになる。ただし春のあいだは2粒——』
——それは、引継書ではなかった。