あらすじ
片付け代行スタッフの綾は、孤独死現場の家財撤去で、妙な古タンスを見つける。外観は年代物だが、引き出しの底だけがやけに新しく、方眼と升目、それに「丁目・番・号」の記入欄が印刷されている。現場責任者は「廃棄」と言うが、綾はなぜかそれを自宅に仮置きしてしまう。
夜、ふと出来心で自宅の住所を書き込むと、窓の外は見知らぬ街に変わった。スマホの地図は一瞬フリーズし、再起動後は“現在地”が書き込んだ番地を指す。家ごと移動したらしい。慌てて住所を消しても戻らない。引き出しの側板に微かな「戻すには誰かを入れる」の刻印。
綾の姉・琴葉は半年前に失踪している。遺されたノートには、同じような升目と複数の住所、そして「段ごとに街区が割り振られる/書き換えは重ね書きで上書きできる/戻りは“住人を一時保管”」という走り書き。綾は仮説を立てる——引き出しは地図の“段”、書き込んだ住所が家の座標、戻すにはその住所の“誰か”を入れる。
綾は姉が辿ったであろう住所を次々書き、家を飛ばす。移動ごとに外の目印が少しずつ違う。見慣れたチェーン店が古いロゴになり、角の駐車場は砂場に戻り、やがて街路そのものが欠けはじめる。紙の地図を開けば、印刷面が擦れて白い升目が浮かぶ。偶然か必然か、綾の恋人・智哉の実家住所も姉のノートにあった。
真相に近づくにつれ、“誰か”の条件が明らかになる。引き出しは、人を傷つける道具というより、「住所と人の紐づき」を一時的に保管して座標を戻すための“重石”だ。つまり、戻りたい住所に強く結びついた者——その土地で生まれ育った、戸籍や思い出や遺骨を媒介にした「住人」を入れなければならない。
綾は最後の番地で、姉を表札のない空家の中に見つける。琴葉は引き出しを使って“逃げた”のではなく、“戻ろうとして”誰かを入れてきた。入れられた“誰か”の名を綾は知っている。綾自身だ。
戻れば助かるのは誰か。番地は残酷なほど正確で、引き出しは一段足りない。綾は最後の選択をする。