あらすじ
二〇二六年五月、長野県。諏訪二葉高校吹奏楽部の美しい音色が響き渡る中、その調べに溶け込むことのできない一人の異邦人がいた。
インドネシア・バンジャルマシンからやってきた少年、エド。
中等部の卒業と同時に両親を亡くした彼は、以来、リンゴ農園の作業員や皿洗いの仕事を掛け持ちし、たった一人で「生」を繋ぎ止めていた。彼を蝕む不治の病と、加速する孤独を抱えながら。
彼は、クラスメイトのあかりを遠くから見つめていた。
それは決して届くことのない、祈りに似た恋。自分の母国語で、彼女への想いを綴った日記帳。しかし、その唯一の心の拠り所さえも、残酷な世界によって無残に引き裂かれてしまう。
家族も、友人も、言葉さえも持たない少年は、自らの誕生日に一人、幻影の中でロウソクの火を灯す。
これは、奇跡の物語ではない。
一人の少年が、誰にも知られぬまま、最も静かな方法で愛することを貫いた記録。
諏訪の凍てつく空の下、彼の最後の鼓動は、誰の耳に届くこともなく止まっていく――。
「愛することは、僕にとって最大の『静寂』だった。」