あらすじ
常識という言葉は、よく使われる。
常識がない。
常識的に考えろ。
普通はそうしない。
みんなそうしている。
社会人なら当たり前だ。
そんなことも分からないのか。
このような言葉は、日常の中にいくらでもある。
だが、そもそも常識とは何なのか。
多くの人は、常識を「正しいこと」のように扱う。
常識に従う人はまともで、常識から外れる人はおかしい。
そう考えがちである。
しかし、私はこの理解は少し違うと考える。
常識とは、必ずしも正しさではない。
常識とは、集団が安定して存続するために共有している行動基準である。
ある時代、ある地域、ある職場、ある学校、ある家庭、ある共同体の中で、争いを減らし、予測可能性を高め、無駄な衝突を避けるために共有されている暗黙のルール。
それが常識である。
だから常識には価値がある。
常識があるから、人は毎回すべてを説明しなくても社会生活を送れる。
礼儀が通じる。
順番を守る。
約束を守る。
人に迷惑をかけないようにする。
最低限の協調が成立する。
常識は、社会の潤滑油である。
だが同時に、常識は危険でもある。
なぜなら、常識は正しいとは限らないからである。
ある時代には当たり前だったことが、後の時代には間違いとされることがある。
ある地域では普通でも、別の地域では異常とされることがある。
ある職場では常識でも、外から見れば非合理な慣習でしかないことがある。
常識は、真理ではない。
常識は、正義でもない。
常識は、その集団が安定するために作り上げた基準にすぎない。
だから、常識に従うことは必ずしも善ではない。
常識に反することも、必ずしも悪ではない。
本書では、常識の正体を整理する。
常識とは何か。
なぜ社会には常識が必要なのか。
なぜ常識は思考停止を生むのか。
なぜ常識から外れる者は嫌われやすいのか。
そして、常識とは従うものなのか、それとも利用するものなのか。
結論から言えば、常識は否定すべきものではない。
だが、絶対視すべきものでもない。
常識は、使うものである。
従うだけのものではない。