あらすじ
古典の授業で誰もが一度は読まされる『枕草子』。
「春はあけぼの」で有名なあの随筆を、四季の美しさや清少納言の教養として読むのはもちろん正しい。正しいのだが、私は最初に読んだ時、真っ先にこう思ってしまった。
定子様と清少納言、距離が近すぎないか?
香炉峰の雪をめぐる、言葉にしなくても通じ合う二人だけの合図。髪に触れ、「私のものだったら取っておきたい」と言う定子。主従、教養、宮中の雅。そう説明されれば確かにそうなのだが、そこにはどうしても、千年越しにこちらの情緒を乱してくる湿度がある。
だが『枕草子』の明るさは、ただの楽しい宮中日記では終わらない。
定子の実家である中関白家は、父・道隆の死と長徳の変によって急速に没落していく。兄・伊周のやらかし、隆家の暴走、そしてその隙を逃さず権力を握っていく藤原道長。やがて道長の娘・彰子が一条天皇のもとへ入内し、定子の居場所は少しずつ奪われていく。
愛はあった。けれど権力がなかった。
清少納言が書き残したのは、ただの宮中あるあるではない。かつて定子様のそばには、こんなにも美しく、賢く、楽しく、きらめいた時間があったのだという証言であり、勝者の歴史に押し流された光を千年先まで保存するための文章だったのではないか。
道長は政治で勝った。
けれど清少納言は、読者の心を奪った。
これは『枕草子』を、清少納言による世界一上品で知的な定子様メモリアルブックとして読み直し、最終的に「道長が全部悪い」という感情の結論へ突き進む古典オタクエッセイである。