あらすじ
正解は分からなかった。
でも、退場だけはしなかった。
それで人生は、ここまで来てしまった。
………
この物語の主人公は、
人生の大事な場面で、だいたい間違ったことをしてきた男だ。
進学、就職、転勤、結婚。
普通なら胃が痛くなるような決断のたびに、
彼は深く考える代わりに、机の上で鉛筆を転がした。
ころん、と転がった向きで決める。
合理性はない。
成功法則もない。
自己啓発本的には、ほぼアウトだ。
それでも彼は、なぜか人生から退場しなかった。
学校では成績最下位。
親とは衝突し、家を追い出され、
社会に出ても正解を一度も当てられない。
それなのに、
気がつけば故郷に戻り、
畳の上で六十七歳がNHKの基礎英語を復唱している。
“This is a pen.”
五十年前、父と喧嘩して放り出した英語が、
なぜか人生の最後の方で、静かに戻ってくる。
同窓会では、
選ばなかった人生や、声をかけなかった誰かが、
スマホの画面の端で、やけに楽しそうに笑っている。
「ああ、外れ続けたけど、
外れっぱなしでも、人生は続くらしい」
主人公はそう思う。
勝った覚えはない。
正解も分からない。
でも、やめなかった。
席を立たなかった。
この物語は、
成功した人の話ではない。
うまくやれなかった人が、
それでも立ち続けてしまった話だ。
親にとっては少しゾッとする。
先生には勧めにくい。
でも、
「もう何も信じられない」と思っている誰かには、
なぜか少しだけ効いてしまう。
正解を探す物語ではない。
退場しない方法を、
鉛筆一本で探してしまった男の、
静かで、間の抜けたサバイバルの記録。
読後、あなたはたぶんこう思う。
「……まあ、鉛筆でも、ええか」
そして、
ほんの少しだけ席に残る。