あらすじ
七月下旬、東京の汐留寄りにある広告制作会社で働くプランナー咲希は、駅前商店街に新規出店するカフェチェーンの「夏限定ドリンク」販促を任される。初回打ち合わせで現れた取引先の開発担当・叶空は、紙ナプキンに「暑さをしのぐ技教えます」と走り書きし、客の導線から店内オペレーションまで一息に語った。咲希は勢い任せに見えた彼を、質問でほどいていく。すると、提案の芯には「スタッフの負担を増やさず、客の気分だけを軽くする」具体の配慮があると分かる。
新商品は淡い桃色のフローズンドリンク「ピンクフロスト」。叶空がこだわるのは、一口で昔の夏を思い出すような“記憶に残る香り”だった。その香りは咲希の胸も揺らす。家族が営んでいた小さな氷菓店が閉店した夜、手に残った甘い匂いを連れてくるからだ。社内には段取りと数値で勝ち筋を固める同僚・華奈恵がいて、取引先側には品質と運用を厳密に見る統括・悦章がいる。猛暑の撮影は崩れ、試験販売は想定を超えて品切れも起きる。咲希はそのたび、コピーを空回りさせず、現場が回る言葉に作り替える。叶空の「五つ目の季節」という表現を、夏の終わりにだけ訪れる心の温度の変化として、店頭の一言と接客の台本に落とし込んでいく。
九月中旬、販促最終日。閉店後の静かな店内で、咲希は過去を消すのではなく、今の手触りを重ねて生きていいと知る。