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慶長五年、秀吉急逝で混乱するさなか、会津の上杉景勝に対して謀反の疑いありと上洛と申し開きを命じた五大老筆頭徳川家康の元に、景勝の腹心・直江兼続から上洛を拒否するばかりか家康の専横を痛烈に非難する文言の書状=直江状が届けられる。激怒した家康は諸侯を呼集して会津討伐を決行。その前夜、徳川股肱の臣である鳥居元忠の伏見城を訪れ、ある重要な下知を伝える……
末期がんに侵された元やくざの親分・金城銀次は、死の淵で意識を失う。次に目覚めると、関ヶ原合戦の前哨戦である伏見城の籠城戦を控えた若造兵士・銀次になっていた。4万の西軍に対し、わずか1900の兵力しかない絶望的な状況。周りの兵士からはぞんざいな言葉遣いで扱われるが、銀次は元やくざとしての経験と胆力で、次第に存在感を発揮していく。 西軍の鉄砲隊による猛攻に対し、銀次はかつての抗争で培った知識と機転を活かした奇策で対抗。鳥居元忠はそんな生意気で威勢のいい銀次の度胸を見抜き、自らの傍で戦うよう命じる。元忠の「死ぬ気で戦うのではない、死んでも戦うのだ」という言葉と、家康への揺るぎない忠義の覚悟に、銀次は次第に親父のような親しみを覚えていく。