地
揺れているのは、地面だけではない。 地方都市の市役所で働く宮坂恒一は、耐震業務に関わりながら、街の異変に最初に気づいてしまう男だ。建物の壁に走る細い亀裂。誰にも聞こえない低い地鳴り。記録には残らない、しかし確かに存在する揺れ。 彼だけが、それを「知っている側」にいる。 かつて、ほんの小さな地震で母を失った。その事故は天災として片づけられ、理由も責任も曖昧なまま消えた。以来、宮坂は理解している――この街は、壊れるべき場所を知りながら、何もせずに立っているのだと。 調べるほどに浮かび上がるのは、隠された地盤データ、消された警告、そして「問題を起こさないための判断」。危険は見えているのに、誰も止めようとしない。むしろ、見なかったことにする方が合理的だと信じられている。 やがて、警告は間に合わない。 地震が迫ってくる。 ああ、ここは地獄だ。 崩れる建物、繰り返される説明、何事もなかったように戻る日常。真実を知る者は切り捨てられ、街は静かに立ち直ったふりをする。 『地』は、派手な破壊ではなく、見過ごされ続けた小さな揺れが、確実に人を殺すまでの物語である。 読後、足元の感覚が、少しだけ信用できなくなる。
